こんにちは~。

ブログをご覧いただきありがとうございます。

「結婚相談所マナマナ」で成婚した
スタッフ咲子です。

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前回(⇒誰のための結婚ですか?①)の続きです。

 

その出来事をお話しする前に、
少し私のことをお話しさせてください。

私は両親、兄の4人家族でした。

両親は昔から私に対して、
過保護で過干渉なところがあったり、
私が両親の意に沿わない行動をすると
制限をかけることが多かったように思います。

私はというと、
親という存在が絶対的なものだと思っており、

正しい道を歩まねば

言われたとおりにせねば

と、昔から優等生でいることに努力していました。

両親の過干渉は
私が一人暮らしを始めた28歳以降も続き、
そのことにどこかで違和感を感じながらも
今までそれが当たり前として生きてきた私は
両親の期待に背かないように、悲しませないように
と、思っていました。

私は両親にとって「良い娘」でいたかったのです。

それは兄に生まれながらの障害があったことや
私自身の感受性の強さも
大きく影響した結果かと思います。

 

さて、やっと本題に入ります。

私が36歳になり、
最初の婚活となる母が持ってきたお見合いが
不成立になったあたりの出来事です。

その日はたまたま実家から車を借りて
仕事に出勤していたのですが、
21時を過ぎてもなかなか終わりませんでした。

母から「遅い!いつ帰ってくるの?」と
イライラした様子のメールが入ってきました。

私は「まだ仕事が終わらない。」と
返信すると、

母から「そんなに遅くまで仕事をさせる職場って
どうなん?早く帰してもらい。」と
返ってきました。

それを見た私は

21時って別にそんなに死ぬほど遅いわけでもないし、
「帰してもらい。」って、何を無責任なこと言うとん?
私だってこの仕事に責任を持ってやってるのに!!
なんでこんな言われ方せなあかんのん!!

と、一見こんな些細なやりとりのなかで、
私の中の今まで積もり積もったものが一気に爆発しました。

そして、実家へ車を返しに行ったとき、
案の定、玄関で待ち構えていた母に対し、

大人になってからも自分が両親から干渉されて
どんなに嫌だったか、苦しかったか、
そしてそれが両親から信頼されていないことと感じ、
どんなに悲しかったかを大声で泣きながら訴えました。

母はうなだれた様子で黙って聴いていましたね。

私は一人暮らしの自宅へと帰りましたが、
母はもしかして泣いてたかもしれません。

私はというと、自分が言ったことで
母を傷つけたであろうことに心が揺れつつも、
どこかで「やっと言えた」という達成感がありました。

そして、

親が言うからそろそろ結婚しなきゃと思っていたけど、
これではダメだ!何も変わらない!!
私の人生なので、私のために婚活をして、結婚しよう!

と、やっと覚悟を決めることができました。

母に自分の想いを伝えることができたこと、
自分の結婚のために婚活をすることを決められたことは
私がその後の婚活を進めるうえでの
大きな第一歩だったように思います。

オマケ

出来事のその後ですが・・・

「私が想いを伝えたことで、母はわかってくれたに違いない。
『お母さんが悪かったよ。今までごめんね。』と、
母娘がやっと分かり合えたのね~。」
というハッピーエンドを期待していたのですが、

いや~、干渉具合は全然変わりませんでしたよ(;^_^A

頑張って言った私って・・・

と、愕然としましたが、
ある意味、悟りました。

そう!
親子であっても別人格。
わかりあえないこともたくさんあるんですよね。