昨日は母が8人兄弟の長男だった父(故人)のもとへ

嫁いできて、私を産んだところまでの話をしました。

その母も今年で90歳。
認知症も発症しており、

今は施設でお世話になっております。

私は父と母がお互い好きどおしで結婚したものだと

本当につい最近まで思ってました。

でも、母が施設にお世話になりだした際に、

若いころに好きだった人は九州にいた

と言うような話をポツリとしたことがあります。

それ以降はもうそんな話はしなくなりました。

今の母の頭の中にはいつの記憶が残っているのかは

定かではありませんが、
もう母と父の結婚のいきさつを確認する方法は

なくなってしまいました。
昭和の初めころに生まれた母と大正の後期生まれの

父が結婚した当時のことを思い起こしてみますと

ひょっとするとその頃は「家同士」で結婚を

決めていた時代なのかも知れません。
親同士が結婚を決めて、突然にあの家へ嫁に行け

と言われることもあったのでしょう。
そして嫁いだ家の習慣(文化?)に合わせて

生活していかねばならなかったのです。
そんな母からすれば、好き同士だからと言って

遠くの家に嫁に行きたいと言う姉の結婚には

賛同しかねたのかも知れませんね。

このように昭和の時代でも結婚はそんなに

自由な時代ではないときがあったのです。
つまり、当時の結婚観は

個人と個人の結びつきではなく

家と家の結びつきが中心にあった

と言えます。
相手の家の習慣に合わせることは

辛いことではあったかと思いますが、

そんなことは言っておられなかった時代

なのでしょう。
結局、母の結婚観としては

娘は親の意に沿った家に嫁いで

嫁いだ家の風習に合わせてその家の

役に立つ・・・

そんなところだったのかも知れません。

私たちの世代はそんな経験をした親に

育てられたのです。